「湿地生態系の人為的撹乱に対する環境影響評価」

湿地生態系の人為的撹乱に対する環境影響評価
Varidation of Environmental Impact on human-induced disturbance of wetland ecosystems

京都大学東南アジア地域研究研究所
塩寺さとみ

 湿地帯とは、淡水や海水によって冠水、もしくは定期的に覆われる低地のことである。土壌が水で飽和する頻度,もしくは期間が長いため,そこに生育する植物は特別な適応を示す。東南アジアにおいては沿岸部から内陸部に向かって,マングローブ林,汽水湿地林,淡水湿地林,泥炭湿地林といった森林からなる自然植生が見られる.これらの湿地生態系は生物・非生物間の微妙なバランスの下でに維持されているため,他の生態系よりも脆弱であり,人間活動による開発といった撹乱による影響が著しい.なかでも広大な面積を占める熱帯泥炭湿地林は、東南アジア域ではおもにインドネシア、マレーシア、ブルネイ見られ、その特殊さ故に重要な生態系として位置づけられる。強い酸性を示す貧栄養の湿地といった特殊な環境は農業に適さないため、巨大な炭素の貯蔵庫として,また生物多様性の揺籃としてこれまで重要な役割を果たしてきた.しかし、農業技術の発展によりオイルパーム、およびアカシアプランテーションといった大規模植林地の開発による泥炭湿地林の破壊が進みその機能は急速に失われ,近年では逆に泥炭湿地林からの膨大な量の二酸化炭素の放出が問題視されている.本研究は,これらの湿地生態系に着目し,人間活動がこれらの生態系にどのような影響を与えてきたのか,また今後,これらの生態系がどのように変化していくのかを生態学的観点から明らかにするものである.

このような泥炭湿地林の破壊状況に関しては、国ごとにそのスピードや対応が大きく異なっている。インドネシアでは近年、泥炭火災が大きな環境問題となっており,生態系を破壊するのみならず,現地,および周辺諸国に煙害による健康被害をももたらしている.一方マレーシアでは、泥炭火災の被害は見られないものの、泥炭湿地林のほとんどがアブラヤシプランテーションとして開発され、森林の分断化、および劣化が起こっている。ブルネイに分布する泥炭湿地林は非常に小規模ではあるが、今日まで自然のままの状態で維持されている。報告者はシンガポール国立大学とナンヤンの研究チームに参加し、ブルネイの泥炭湿地林で野外調査を行った。また、インドネシア、マレーシア、ブルネイの泥炭湿地林の環境問題に関する文献研究を行い、これに関する論文の執筆を行った。さらに、インドネシアの泥炭火災跡地に発達する草原植生がどのような環境要因によって決定されるのかを明らかにし、現在論文執筆中である。