「我が国と東南アジア及びその周辺諸国における健康基盤研究」

「我が国と東南アジア及びその周辺諸国における健康基盤研究」

京都大学東南アジア地域研究研究所
坂本龍太

目的

我が国と東南アジア及びその周辺諸国において地域に根づく人々の健康の基盤を探り、現地で暮らす人々と共にその維持及び強化に努める。

今年度の活動

・高知県土佐町におけるフィールド医学事業

高知県土佐町役場、土佐町社会福祉協議会などと協働でフィールド医学事業を行っている。毎月高知県土佐町を訪問し、診療、個別ケア会議、地域ケア会議、あったかふれあいセンター、地区長会などに参加しながら地域医療に貢献している。本年8月8~12日には「ご長寿健診」を行い、健診には75歳以上の地域在住高齢者267名が参加した。また、特定健診の結果説明会なども行い、高齢者だけでなく、40歳以上の住民の健康づくりに携わっている。本事業に関連して、筆頭著者として健康と幸福感について後述の高所に暮らす高齢者と比較した論考が国際誌Geriatrics & Gerontology Internationalに1本印刷待ちであり、共著者として高齢者のサルコペニア、口腔機能や歯周炎に関する論考が国際誌Journal of the American Geriatrics Society、Journal of Periodontal Research、Journal of Oral Rehabilitationに1本ずつ掲載された1-4。

・ブータンにおけるCommunity based medical care for the elderly

ブータン保健省と協働で予防を重視した高齢者ケア体制の構築事業を行っている。本活動の背景として平成21年よりブータン東部カリン地区で行った高齢者ケア活動が評価され、平成23年に行われた全国保健会議で平成25年より始まる第11次国家五カ年計画に組み込むべく推奨をうけて、同年から毎年各県からHealth Assistantを30名ほど集め、Training of trainers (ToT)を行ってきた実績がある。平成27年からはこの計画を段階的にブータン全土に広げることが盛り込まれたPerformance Agreementが策定され、同年7月10日に総理大臣ツェリン・トブゲイ氏、保健大臣タンディン・ワンチュク氏が署名している。本年は9月にチュカ県ゲドゥにおいて、チュカ県、ハ県、パロ県、サムチ県、ティンプー、タシガン県、トンサ県より30数名の保健スタッフが集い、ToTを行った。また、12月にはブータンより4名を招き、我が国の高齢者ケアの現状を共有した。平成29年3月には保健省より主任企画官を招く予定である。

・レジオネラ研究

我々の研究などからレジオネラ症が降雨と密接に結びついていることが明らかになってきた。レジオネラ症は25~42℃の比較的温暖な気温を好み、今後、地球温暖化の観点からも非常に重要な課題である。しかし、その診断には現時点で特異的な診断キットが必要であるため、欧米や日本などの限られた国や地域でしか診断されておらず、世界的な動向が未知である。東南アジアはモンスーンなどの影響もあり、非常に大切な場所であると考えている。ブータンのアスファルト路上から検体を採取し、比色系PALSAR法という新しい方法を用いて、レジオネラ属菌の16S rRNAを検出し、筆頭著者としてヒマラヤ学誌に英文で投稿し採択された5。これは我々の知る限りブータン初のレジオネラ属菌の検出である。レジオネラ属菌は重症市中肺炎の重要な起因菌であり、レジオネラ症の疫学上、貴重な一歩だと考える。これは共著者に異国、異分野の研究者、異国の行政官が入った超学際的国際共同研究である。

・高所環境がそこで暮らす人々の健康に及ぼす影響

高所は低酸素、低温、高紫外線など人体に及ぼしうる様々な特殊な環境条件が存在する。そこで、世代を超えて長年に渡り暮らしてきた人々の生理的、文化的な適応について研究する。本年度は筆頭著者として執筆したインドのラダーク地方における高齢者の睡眠の質についての論考が国際誌Psychiatry Researchに採択された6。これは高所で生まれ育った住民においても標高が睡眠障害の要因になりうることを明らかにしたものである。低所住民が高地に行く際に睡眠障害を来すことは広く知られていたが、高所住民を対象にした睡眠の質の研究は稀であり、貴重な知見となった。これは、対象地の標高が2800~4200mに分布することを生かし、各人の睡眠の質と居住地の標高との関連を調べることにより可能となった学際的国際共同研究である。また、前述のように筆頭著者として村人の幸福感に関して記述した論考が国際誌Geriatrics & Gerontology Internationalに1本論文が印刷待ちである1。

・その他

平成28年7月11日にはブータン王立大学より総長ニドゥップ・ドルジ氏ほか11名を招き、本学時計台記念館で国際シンポジウム:Emerging Sciences for Wildlife and Culture in Bhutanを開催した。8月から9月にかけてJICAによるブータン国立病院及び地域中核病院における医療機材整備計画において技術参与として調査に参加し、JICAとブータン保健省、国立病院、地域中核病院の橋渡し役を担い、ブータンにおける医療機材の整備に貢献した。

また、平成28年8月1日及び平成29年1月31日には護王神社にて京都市上京社会福祉協議会小川地域包括支援センターと協力して地域ケア会議を行い、それぞれボランティア、介護予防推進センター、デイサービスセンター、居宅介護支援事業所、警察など地域の高齢者ケアを実際に支えている80名ほどが集まり、地域の課題とお互いの活動を共有し、これからの高齢者ケアのあり方を話し合った。

そして、平成29年2月にベトナム・ホーチミン市のGia Din人民病院から医師や理学療法士ら4名を招き、京都大学附属病院、大阪大学附属病院にて感染制御部門を見学した他、京都民医連中央病院のリハビリテーション科やNPO法人ベトナム・タイニン省の地域リハビリテーションと共に今後の協力関係のあり方について話し合った。同じ時期にブータン医科大学より2名の講師を招き京都市南区地域包括支援センター、NPO法人東九条まちづくりサポートセンター、三田市けやき台小学校、三田市給食センター、三田市保健福祉センター、人と防災未来センター、神戸医療特区内One Medicine One Healthセンター、京都大学附属病院などの活動を共有した。その様子は朝日新聞、神戸新聞の2月8日の朝刊に掲載された7,8。2月8日にはワークショップ:Current Health Care Situations in Bhutan and Vietnamを開催し、27名(うち外国人8名)の参加があった。

さらに、平成29年2月にはミャンマーのヤンゴンに渡航し、ヤンゴン第2医科大学の学長らと会談した他、JICA事務所を訪問し、生活習慣病に関するミャンマーの課題を共有し、今後の協力の可能性を探った。

今年度の残りの期間で、平成29年2月27日~3月16日に国際交流科目「ブータンの農村に学ぶ発展のあり方」を行い、本学学生7名を連れて東ブータンに滞在予定である。同期間にはブータン王立大学シェラブツェカレッジにおいてワークショップも開催する予定である。

参考

  • Sakamoto R, et al. Health and happiness among community-dwelling older adults in Domkhar valley, Ladakh, India. Geriatrics & Gerontology International 2017 (in press).
  • Iwasaki M, et al. The association between dentition status and sarcopenia in Japanese adults aged ≥75 years. Journal of Oral Rehabilitation 2017; 44: 51-58.
  • Chang NY, et al. Relationship between oral dysfunction, physical disability, and depressive mood in community-dwelling elderly adults in Japan. Journal of the American Geriatrics Society 2016; 64: 1734-1735.
  • Iwasaki M, et al. Longitudinal relationship of severe periodontitis with cognitive decline in older Japanese. Journal of Periodontal Research 2016; 51: 681-688.
  • Sakamoto R, et al. Detection of Legionella spp from rainwater on roads in Bhutan. Himalayan Study Monographs 2017 (in press).
  • Sakamoto R, et al. Sleep quality among elderly high-altitude dwellers. Psychiatry Research 2017; 249: 51-57.
  • ブータンの医科大学教授、給食視察 三田の小学校(伊藤武)朝日新聞デジタル 2017年2月8日3時00分
  • 三田 給食制度普及へ ブータン医科大教授が小学校視察 神戸新聞NEXT 2017年2月8日 5時30分